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2014-12-16

天才と言われる人たちは、特別な才能ではなく、努力で偉業を成し遂げた?!

japanese-style_00001世の中には偉業を成し遂げ、天才と言われる人たちがいます。

こうした人達は生まれながらにして特別な才能を持って生まれてきたのでしょうか?

イチロー選手は4,000本安打を記録した後のインタビューで、

「4.000本安打ということは、8,000回以上は悔しい思いをしている計算になる。それと向き合ってきたので、誇れるとしたらそこじゃないか」

と話しています。

1つ1つの失敗を、その度ごとに丁寧に反省するという貪欲な向上心と、猛烈な練習量が、イチローを超一流の選手にしたと言えるかもしれません。

タイガーウッズ選手も努力家として知られています。

1歳の時にゴルフクラブをプレゼントされ、2歳の時からゴルフをしたそうです。幼少期からとにかくゴルフが好きだったので、生涯のゴルフ練習量は、もしかしたら世界一かもしれません。

「ゴルフにも、人生にも近道なんてないんだ。一生懸命努力するしかないんだよ。」

天賦の才としか思えないタイガーウッズも、努力に言及しています。

マイケル・ジョーダン選手は、「あれは、マイケル・ジョーダンの姿をした神だ」という表現で賞賛されました。

しかしジョーダン選手の名言、

「私は9,000回以上シュートを外し、300試合に敗れた。決勝シュートを任されて26回も外した。人生で何度も何度も失敗してきた。だから私は成功したんだ。」

からは、様々な苦悩がうかがえます。

高校生の時に、身長が低いことから高校代表の選考から外れて失望したこと、そこから猛烈な努力をしてきたこと。「他の選手、相手チーム、置かれている状況、毎日学べないことはない」。神業のシュートは神業的な向上心と努力がもたらしたのかもしれません。

2013年にバロンドールに輝いたクリスティアーヌロナウド選手やベッカム選手も、誰よりも速く練習場にきて、一番最後に練習場に残る「練習の鬼」として有名です。

このように、天才と呼ばれる人たちはみな、努力を口にします。これらはみな謙遜なのでしょうか?

イチロー選手は、インタビューで言っています。

「本人が努力だと認識しているような努力ではなく、第三者が見ていると努力に見えるが本人にとっては全くそうでない、という状態になくてはならないのではないか。」(引用:日本経済新聞2013年2月13日)

「究極の鍛錬/サンマーク出版」の著者であるジョフ・コルヴァン氏は、天才と言われる人たちが元々才能を持って生まれてきたのか、努力の結果なのかを、様々な研究結果を検証しながら次のように言っています。

・生まれ持った才能の存在は、完全には証明されていない。もしあったとしても、達人に与えている影響はとても少ない。
・達人たちは膨大な練習量をこなしている。
・ただし、単に努力するのではなく、何を練習したらよいかを見定め、それに集中している つまり、達人たちは、生まれ持った才能ではなく、課題の的確な摘出、課題に対する適切な努力、その努力の量で天才と呼ばれるようになった。

と結論付けています。

実際、教育心理学者が、天才は努力によってつくられることを実証しようと、自分の子供3人を幼少期からチェスを学ばせ、莫大な時間をチェスに打ち込ませてきた結果、上の2人の子供は世界最高位であるグランド・マスターになり、そこまで熱心でなかった末っ子も、世界ランク6位になったという例を出しています。

茂木健一郎氏は、「天才とは、人並み外れた努力ができる人」と言っていますが、このような実例を見ると、確かにその通りなのかもしれません。

これらのことは、様々な分野で、全ての人たちにチャンスがあることを物語っているのではないでしょうか?

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